このページの最終更新:2010/10/24


 パラオに住む前の1995年〜1996年頃、旅行で何度もパラオに行きました。その当時に撮影した 写真から、いくつか紹介したいと思います。

空撮写真
コロール市街空撮写真1
1995/9/14撮影【クリックで拡大表示】
コロール市街空撮写真2
1995/9/14撮影【クリックで拡大表示】
コロール市街空撮写真3
1995/9/14撮影【クリックで拡大表示】
パラオには当時、Palau Paradise Air と言う5人乗り単発機と9人乗りの2機の小型機 を運用する、フィリピン人機長が経営する航空会社がありました。パラオの国際空港を 拠点に、遊覧飛行の傍ら、環礁南端のペリリュー島と、その少し南にあるアンガウル島 への定期航空便を運行していました。この写真は、その5人乗り小型セスナ機に 搭乗した際に撮影したものです。
左上の写真は、コロール市街を構成する3つの有人島のひとつ、アラカベサン島に ある大統領府付近です。オレンジ色の屋根は国立病院と関連施設、その左手の高台に ある白くて丸いものは国際電話の衛星回線用のパラボラアンテナ、そのちょっと左に あるのが大統領府です。右上の写真はアラカベサン島の西端にあるリゾートホテル 「パラオ・パシフィック・リゾート」で、左の写真は貿易港のあるマラカル島を 西岸から撮影しています。

ロックアイランド
1996/5/2撮影【クリックで拡大表示】
コロール市街空撮写真4
1996/5/2撮影【クリックで拡大表示】
コロール市街空撮写真5
1996/5/2撮影【クリックで拡大表示】
左上の写真はパラオでおなじみのロックアイランドですね。右上と左の写真は コロール市街の中心部を上空から撮影したものです。右上の写真のほぼ中心付近に 国会議事堂と警察署が位置します。
コロール市街の道路は、戦前の日本統治時代の道路の位置がそのままなんだそう です。パラオ人は海岸沿いに住んでいたので、日本人の入植は島の稜線近くを中心 に行われ、島の中央に道路と街が作られたのだと聞きました。
Parau Paradise Air の事務所
1995/4/14撮影【クリックで拡大表示】
国内線の小型機
1995/9/14撮影【クリックで拡大表示】
コロール市街地の高台にあった Palau Paradise Air の事務所の写真と、国内便に 使用されていた飛行機の写真です。飛行機は空港から出発するのですが、搭乗手続きや 遊覧飛行の申し込みは市街地にあるこの事務所で行い、空港までは航空会社のバンで 送迎される形でした。
1998年に帰国した後に現地の知人から聞いた話では、墜落事故で機長が死亡し、 会社も無くなって、ペリリュー・アンガウル島への航空便が暫く存在しなくなった そうです。航空便の運賃は確か $50 程度で安くはありませんでしたが、それでも スピードボートをチャーターして渡るには数百ドルかかるので、現地にとっては 便利な交通手段でした。ちなみにペリリュー州政府が運行する漁船改造の定期船は 週2往復で片道3時間、運賃は $5 だったと記憶しています。


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