このページの最終更新:2010/10/24


 パラオに住む前の1995年〜1996年頃、旅行で何度もパラオに行きました。その当時に撮影した 写真から、いくつか紹介したいと思います。

パラオ空港
パラオ空港ビル1
1995/2/1撮影【クリックで拡大表示】
パラオ空港ビル2
1995/2/1撮影【クリックで拡大表示】
パラオ空港ビル3
1995/4/24撮影【クリックで拡大表示】
当時のパラオ国際空港のビルです。これでも2代目になるそうで、地元の人は新空港 ビルと呼んでいました。ビルは二階建てですが、写真に写っている突出した2つの 屋根内部は吹き抜けで、その間のガラス窓があるところが二階でした。二階には 空港管制室があると聞いていたのですが、実際には運輸関係の政府組織の事務所 としての使用がメインだったみたいです。突出している屋根は、パラオの伝統建築 である集会所「バイ」をモチーフにしたそうです。
一階は向かって左側が到着ロビー、右側が出発ロビーとなっていました。左下の写真は 到着時の手荷物検査場で、撮影者の位置に預託荷物の引き取り場がありました。 このちょっと手前にパスポートコントロールがあり、いずれも空調のない扇風機が 回っているだけの部屋で、冷房の効いたジェット機の機内から出てすぐ、ここで並んで 手続きを待つのは結構大変でした。
パラオ空港のカート
1995/2/1撮影【クリックで拡大表示】
空港のカートはご覧の通り単なる台車でした。2ヶ月後には普通のカートが配備されて いましたので、貴重な体験だったと思います。
なお、写真を撮影していませんが、預託荷物用のベルトコンベアーなどは当時存在せず、 到着時の預託荷物は、旅客の目の前でダンプトラックの荷台からスロープに 投げ下ろされ、それを旅客が直接引き取って税関に運んだことを記憶しています。
当時のコンチネンタル航空のB727
1995/4/24撮影【クリックで拡大表示】
荷物はバラで手積み
1995/4/24撮影【クリックで拡大表示】
国内線の飛行機
1995/4/24撮影【クリックで拡大表示】
1995年当時、国際線はコンチネンタル・ミクロネシア航空のみの運航でした。グアム 〜ヤップ〜パラオ〜マニラに路線があり、マニラとは週2往復、グアムとは毎日1往復 飛んでいました。 使用機材は懐かしのボーイング B727-200 です。現在の空港にはボーディングゲート があるそうですが、当時はタラップの階段を下りて空港ビルまで歩きました。 でも、この数年前までは空港にタラップも無く、B727 の機体後部の収納式の階段を 使って乗降していたと聞きました。
右上の写真は、旅客の貨物を積み込んでいるところです。B727 は規格サイズの 航空貨物コンテナが積載できず、旅客の荷物は一個ずつ機体に手積みされていました。
左下の写真は駐機場にある国内線の小型機です。3機写っていますが、2発機の 後ろに隠れている単発機は故障で動かず、2機だけの運行だった記憶しています。
パラオ空港に到着した米軍機
1995/9/14撮影【クリックで拡大表示】
1981年に独立宣言を済ませていたとは言え、一般的にはアメリカとの自由連合協定が 締結された1994年10月を独立記念日とするパラオですが、アメリカとの自由連合国 と言う状況から、パラオ国内にはアメリカ軍の基地があります。とは言ってもグアムの ような巨大な基地ではなく、常駐者が200人足らずの駐屯地レベルだそうです。基地 は空港の近くにありましたが、無論一般人が立ち入れる場所ではなく、写真も撮って いません。
この写真はパラオ空港に到着した米軍の輸送機です。基地への定期輸送の他、 パラオの病院で対処できない急病人などの発生時、グアムへ緊急輸送を行うために 飛来する事もあったそうです。
パラオ空港ビルの空撮写真
1997/9月頃撮影
パラオ在住の頃、国内線の小型機から空港ビルを空撮した写真です。デジカメの性能が 悪く、原寸大で掲載します。茶色の屋根がターミナルビルで、手前の白い屋根が 空港施設の倉庫です。空港ビルの背面は駐機場で、奥(ビルの左手)は貨物コンテナ 置き場兼消防施設となっていました。こうして上からみると非常に小さな施設ですね。
遠東航空(FAT)のB757
遠東航空(FAT)の B757 (1997年9月頃撮影)
遠東航空(FAT)のB757
遠東航空(FAT)の B757 1997年9月頃撮影
遠東航空(FAT)のB757
遠東航空(FAT)の B757 1997年9月頃撮影
日本航空(JAL)のB767
日本航空(JAL)の B767 1997年9月頃撮影
日本航空のB767(JAL)
日本航空(JAL)の B767 1997年9月頃撮影
2機を同時に見れた珍しい写真
FAT機とJAL機が同時に空港に 1997年9月頃撮影
2機を同時に見れた珍しい写真
FAT機とJAL機が同時に空港に 1997年9月頃撮影
1996年当時、コンチネンタル航空の定期便の他に、台湾から遠東航空 (Far Eastern Transport/FAT) が週4往復のチャーター便、日本から日本航空が月に 数往復程度のチャーター便がパラオ空港に乗り入れていました。デジカメの性能が 悪く、掲載写真が原寸です。
遠東(FAT) は台湾国内線を運行する航空会社で、今は経営難で潰れてしまいましたね。 JAL のチャーター便は B767 で、本来パラオ空港の滑走路では長さが足りず、また 日本からの直行では航続距離がギリギリなのだそうですが、定員の半数しか載せず ベテランのパイロット起用で何とか運行していたと聞いています。実際、 着陸時に滑走路の端から見学した事がありますが、着陸機が端ギリギリまで迫ってくる 迫力のある光景でした。
2つのチャーター機はスケジュールが異なるため、空港で同時に見ることはできなかった のですが、一度だけ JAL 便がいつもと違うスケジュールで飛んだ際に、空港で FAT 機と JAL 機が顔を合わせる写真を撮ることができました。
フィリピンからのチャーター便
フィリピンからのチャーター機 B737 1997年9月頃撮影
定期便と軍用機以外にも、私有の小型ジェット機や、商用目的のチャーター機が 来ることがありました。東南アジアの金持ちビジネスマンが、投資目的で訪問する 時などです。
この写真はパラオ空港に飛来したフィリピンのチャーター専門会社 GRAND Air の B737 です。フィリピンでエビの養殖事業をしているというビジネスマンが この飛行機でパラオに視察に来た、と記憶しています。
国内線の小型機
国内線の小型機 1997年9月頃撮影
パラオ空港ビルの駐機場側
空港ビルの駐機場側 1997年9月頃撮影
日本からパラオに行く場合、スケジュールの都合でパラオを深夜早朝に発着する パターンとなるため、一般旅客が昼間に空港の写真を撮るチャンスはあまり無い でしょう。空港は街からも離れていて、旅行者が気軽に行ける場所ではありません から。写真は国内線の小型機に便乗した際に撮影しました。
パラオ空港に到着した豪軍機
豪軍機 1996年1月撮影【クリックで拡大表示】
国内線の駐機場の様子
駐機場 1996年1月撮影【クリックで拡大表示】
左の写真は、空港でオーストラリア軍のマークのある軍用輸送機を目撃したときのもの です。米軍機以外が来るのは予想外でしたが、米豪は同盟国ですから、意外に頻繁に 飛来しているのかも知れませんね。


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